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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)4403号 判決

原告 片岡光枝

被告 国

訴訟代理人 菊地健治、深沢晃 ほか三名

主文

被告は、原告に対し、金二、一四二万四、三五六円及び内金一、九五二万四、三五六円に対する昭和五〇年六月四日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを一〇分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、「被告は、原告に対し、金二、五三三万八、八九四円及び内金二、三〇三万五、三五八円に対する昭和四〇年七月一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決並びに原告勝訴の場合につき、担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求めた。

第二請求の原因原告訴訟代理人は、請求の原因として、次のとおり述べた。

一  事故の発生等

1  亡片岡毅(以下「亡片岡」という。)は、昭和四〇年七月一日午後五時二〇分頃、中村英征二等陸士(以下「中村二士」という。)の運転に係る二・五トン大型トラツク(以下「加害者」という。)の幌付荷台に同乗し、苫小牧方面から千歳方面に向けて国道三六号線(以下「本件道路」という。)を走行中、苫小牧市美沢一八〇番地先路上に差しかかつた際、中村二士が対向車線に進出して先行車を追い越したが、自車線に戻る前に対向車があつたので、これとの接触を避けようとして急にハンドルを左に切つたところ、路面が折柄の雨で濡れていたため後輪がスリツプし、誤つて加害車が路外に転落した事故(以下「本件事故」という。)により、骨盤及び大腿骨骨折の傷害を受け、その頃右傷害が原因となつて死亡した。

2  亡片岡は、本件事故当時、輸送科職種要員として、陸上自衛隊第一〇二輸送大隊第三〇四輸送中隊に所属する自衛隊員(二等陸士)で、同中隊の行う車両操縦訓練(以下「本件車両操縦訓練」という。)に被教育者として参加中本件事故に遭つたものであるところ、同訓練は、教官二等陸曹野村重雄(以下「野村二曹」という。)の指揮監督のもとに行われ、加害車には、訓練担当助手陸士長岩田清(以下「岩田士長」という。)が同乗して被教育者の指導に当たり、中村二士は、亡片岡らと共に右訓練に参加し、被教育者として加害車を運転していたものである。

二  責任原因被告は、国家公務員(以下「公務員」という。)である自衛隊員に対し、自衛隊員が被告又は上司の指示のもとに遂行する公務の管理に当たつて、自衛隊員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(以下「安全配慮義務」という。)を負つているところ、本件事故は、亡片岡が上司の指揮命令のもとに参加していた陸上自衛隊の公務である本件車両操縦訓練の管理に当たり、被告が安全配慮義務を怠つたため発生したものであるから、被告は、本件事故により亡片岡及び原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。すなわち、

1  野村二曹は、本件車両操縦訓練の指導教官として、同訓練に参加していた亡片岡に対する被告の完全配慮義務の履行補助者の地位にあつたから、右訓練に参加した各自衛官に対する指揮監督の職務を遂行するに当たり、各人の運転技術、運転経歴、当日の天候、路面の状況、交通量等に十分注意して適切な指導措置をとり、もつて、各自衛官が安全に本件車両操縦訓練を遂行できるよう配慮すべき義務があるにかかわらず、これを怠つた結果、本件事故を惹起したものである。なお、野村二曹が被告主張の安全管理上の措置をしたことは知らない。

2  岩田士長は、本件車両操縦訓練の助手として、同訓練に参加していた亡片岡に対する国の安全配慮義務の履行補助者の地位にあり、中村二士の加害車操縦に対する指導監督の職務を遂行するに当たり、同人の運転技術、運転経歴、天候、路面の状況、交通量、先行車及び対向車の走行状況等に十分注意して適切な運転指導を行い、もつて、加害車に同乗していた亡片岡が安全に右訓練に参加できるよう配慮する義務があるにかかわらず、これを怠つた結果、本件事故を惹起したものである。被告は、本件車両操縦訓練において、被教育者自身が運転免許を取得しており、自己の責任において安全運行をなすべき義務を有していることを理由に、訓練担当助手が安全配慮義務を尽くすべき場合を限定し、通常の走行に当たつては、被教育者が注意義務を怠らないよう絶えず注意すべき義務を負うものではない旨主張するけれども、本件車両操縦訓練の訓練指導計画(〈証拠省略〉)主要指導項目中「4その他」には、「普通路・坂道等の反復」運行も訓練項目として含まれており、被教育者は、運転免許を取得し、単独運転の資格を有しながらも、なお、路上での操縦訓練を受ける必要があるからこそ訓練に参加しているのであるから、訓練担当の助手は、平坦道路の走行等通常の走行の場合にも、その安全運行を指導すべき義務があるものというべく、この義務は、被教育者の安全運行義務とは次元を異にするものであり、更に、安全配慮義務を尽くすべき場合として被告自身認めているケースは、通常の走行状況の変化に応じて生起するものであつて、通常の走行の場合に右義務を尽くすことなくして、右ケースの場合にこれを尽くすことができるはずはないから、被告の主張は、失当である。のみならず、本件事故当時の路面状況、対向車の存在、中村二士が免許を取得してから未だ日が浅く、カーブなどでハンドルを左に切りすぎる技術上の未熟さを有していたうえ、路上追越しの経験も乏しかつたこと等の事情を総合すれば、本件事故の直接の契機となつた中村二士による追越運転には相当の危険の存することを容易に予測しえたはずであるから、被告の主張に従つたとしても、本件は、岩田士長が安全配慮義務を尽くすべき場合であつたというべきである。

3  中村二士は、本件車両操縦訓練への参加者として、同じく右訓練に参加した亡片岡に対する被告の安全配慮義務の履行補助者の地位にあつたから、右訓練の一環として亡片岡らを同乗きせて加害車を運転するに当たり、自己が運転免許取得後未だ日が浅く、運転技術も未熟であり、本件事故当日は降雨のため路面の状況も悪いことを考慮して、追越しをする場合には、先行車及び対向車の進行状況に十分注意し、ハンドル操作等を確実にして、路面及び進路の状況に応じ安全な速度と方法で進行し、もつて、自己の職務行為の不適切な遂行によつて加害車に同乗していた亡片岡の生命身体を危険にさらすことのないよう配慮すべき義務があるにかかわらず、これを怠つた結果、本件事故を惹起したものである。

被告は、中村二士が被告の公務員に対する安全配慮義務を履行すべき地位にはなかつた旨主張するけれども、公務員が公務を遂行する場合、これに関連して行われる他の公務員の職務行為は、被告と当該公務員との関係では、被告の機関(履行補助者)によつて行われる被告自身の行為と同視すべきであり、被告は、安全配慮義務の一内容として、当該公務員に対し、右の意味での被告の行為に際しても、右公務員の生命身体を危険にさらすことのないよう努めるべき義務を負つているものであるから、国の履行補助者としての他の公務員は、自己の職務行為を行う際、右義務を具体的に尽くすべき地位に立つものというべきであり、これを本件についてみれば、中村二士は、本件車両操縦訓練の一環として加害車を運転するに際し、同乗者である亡片岡に対する被告の安全配慮義務を具体的に履行すべき地位にあつたものということができるから、被告の主張は失当である。

仮に、以上のことが認められないとしても、公務の安全保持の職務に従事する公務員は、被告の安全配慮義務を具体的に履行すべき地位にあるものということができ、右にいう公務の安全保持の職務に従事する者とは、直接公務の安全管理に関する職務に従事する者のみならず、公務を遂行中の他の公務員の生命身体に危険を及ぼすおそれの強い業務に従事している者をも含むものと解すべきである。しかして、本件において、中村二士は、大型トラツクである加害車を亡片岡ら自衛官を同乗させて操縦していたのであるから、前記の公務を遂行中の他の公務員の生命身体に危険を及ぼすおそれの強い業務に従事している者に該当し、被告の安全配慮義務を具体的に履行すべき地位にあるところ、このような立場にある者として要求される義務(その内容は、前記主張に係る注意義務と同じである。)を怠つた結果、本件事故を惹起したものである。

三  損害

亡片岡及び原告が、本件事故により被つた損害は、次のとおりである。

1  逸失利益

亡片岡は、昭和二〇年一二月四日生まれの男子で、本件事故当時、任期制自衛官として(満期除隊予定日は、昭和四一年一二月二三日)、防衛庁職員給与法別表第二に定める二等陸士一号俸の俸給月額並びにこれに対応する期末手当及び勤勉手当の支給を受けていたもので、本件事故により死亡しなければ、別紙第一記載のとおりの収入、すなわち、満期除隊する昭和四一年二一月までの間は、防衛庁職員給与法に基づき、右の号俸(ただし、昭和四一年四月に一等陸士に昇進することが確実であつたから、同月からは一等陸士一号俸に昇給したものとして計算する。)に応じた俸給月額並びに期末手当及び勤勉手当を、昭和四二年一月から六七歳に達した昭和八八年末までの間は、労働貧調査に係る賃金構造基本統計調査報告(以下「賃金センサス」という。)による年収額、すなわち、昭和四二年から昭和五〇年までは、第一巻第一表(ただし、昭和四七年及び四八年は第一巻第二表)産業計・企業規模計・学歴計・男子労働者の当該年における亡片岡の年齢に応じた年収額を、また、昭和五一年以降は、昭和五〇年賃金センサスにより前記分類における同人の年齢に応じた年収額をそれぞれ得ることができたはずであり、自衛隊在勤中は、営内生活者として食事、被服及び住居につき現物給付を受けていたことにかんがみれば、右期間中の生活費としては、各年収額の二割、それ以後の生活費は各年収額の四割とみるのが相当であるから、これを控除し、かつ、年五分の割合による中間利息をライプニツツ方式により控除して亡片岡の逸失利益の本件事故時における現価を算定すると、金一、九六六万八、一七八円となる。

しかして、原告は、亡片岡の母であり、同人の相続人は、原告以外に存しないから、原告は、亡片岡の右逸失利益の賠償請求権を相続したものである。

2  慰籍料

亡片岡は、原告の唯一の子供であり、原告は、その将来に大きな期待を寄せており、本人もまたこれに応えて陸上自衛隊に入隊し、まじめに勤務に励んでいたものであつて、原告が本件事故により同人を失つたことにより受けた精神的苦痛は、甚大で生涯消えることがなく、これを慰籍するに足る金額は、金四〇〇万円を下らない。

被告は、原告被告との間には直接雇用関係がないから、原告が被告に対し安全配慮義務不履行による固有の慰籍料を請求することはできない旨主張するけれども、被用者が一家の支柱である場合、我が国の雇用関係の実情に照らせば、雇用契約に際し、雇用者と被用者との間には、被用者の家族員を第三者として、雇用者は、右第三者に対し、被用者の生命身体の安全について右第三者の有する利益を保護する義務を負うという第三者のためにする契約を黙示的に締結したものとみなされるべきであり、本訴において、第三者たる原告は、受益の意思表示をしたものである。

仮に、これが認められないとしても、雇用契約の目的及び同契約における信義則に照らせば、雇用者と被用者の家族員との間には、雇用者が被用者の家族員の被用者の生命身体の安全について有する利益を保護すべき権利・義務関係を認めるべきであり、本件において、被告は、右義務を怠つたものということができるから、いずれにしても、被告の主張は失当である。

仮に、以上の主張が認められないとしても、亡片岡は、本件事故でその一命を失つたことにより、多大な肉体的・精神的苦痛を被つたものであり、これに対する慰籍料は、金四〇〇万円を下らないものというべきところ、原告は前記のとおり亡片岡の唯一の相続人であり、同人の右慰籍料請求権を相続したものである。

3  損害のてん補

原告は、本件事故に関し、被告から公務災害補償費として、金六三万二、八二〇円の支払を受け、これを前記1及び2の損害の一部に充当した。

4  弁護士費用原告は、被告が前記3のほか損害賠償金の任意支払に応じないので、やむなく本訴の提起、追行を原告訴訟代理人に委任し、報酬として弁護士費用を除く本訴請求額の一割、すなわち金二三〇万三、五三六円の支払を約した。しかして、本件事故は、前記2で述べたとおり、被告の原告に対する保護義務違反により生じたものであるから、本訴に要した右費用は、右義務違反と相当因果関係に立つ損害というべきであり、仮に、これが認められないとしても、亡片岡は、本件事故により被つた前記各損害につき、被告がその一部を除き任意支払に応じないことにより、前記弁護士費用相当額の損害を被つたことになり(右費用は、少なくとも被告の亡片岡に対する安全配慮義務不履行と相当因果関係ある損害である。)、これを原告が相続したものであるから、いずれにしても、被告は前記弁護士費用相当額を原告に対し支払うべき義務がある。

四  よつて、被告は、原告に対し、前項1及び2の金員から3のてん補金を控除した金額に同項4の弁護士費用を加えた金二、五三三万八、八九四円及び右金員から弁護士費用を除いた内金二、三〇三万五、三五八円に対する本件事故発生の日から支払済みに至るまで民法所定年五分の調合による遅延損害金の支払を求める。

被告は、安全配慮義務違反を理由とする損害賠償請求権は、期限の定めのない債権として成立し、催告によつてはじめて遅滞に陥る旨主張するが、安全配慮義務違反による損害賠償請求権と不法行為による損害賠償請求権とは、法的基礎に差異こそあれ、いずれも他人の違法な行為により損害を被つた者が加害者に損害てん補を求め、これにより損害の公平な分担を計るための法技術であるから、その損害てん補の内容や範囲はむしろ両者均等であるべきものである。したがつて、安全配慮義務違反による損害賠償請求権は、不法行為によるそれと同様、債権成立と同時に履行期が到来し、即時遅滞に陥るものと解すべきである。

第三被告の答弁

被告指定代理人は、請求の原因に対する答弁として、次のとおり述べた。

一  請求の原因第一項の事実は、認める。

二  同第二項1ないし3以外の部分中、被告が原告主張のとおりの安全配慮義務を負担していることは、認めるが、その余の事実は、否認する。

同項1の事実中、野村二曹が、本件車両操縦訓練の指導教官として、同訓練に参加していた亡片岡に対する被告の安全配慮義務を具体化すべき任務を有していたことは、認めるが、その余は、否認する。野村二曹は、本件車両操縦訓練を行うに当たり、以下に述べるとおりの安全管理上の措置をなし、もつて、属訓練に参加した亡片岡らの安全を十分配慮したものである。すなわち、野村二曹は、本件車両操縦訓練を行うに際し、事前に訓練指導計画を樹立し、これに基づき訓練を実施したものであるが、右計画は、走行状況に応じて安全を考慮した指導内容の外、特に安全管理上の措置についても具体的に定めており、これに基づき、事前の教育として、訓練参加者に対し、実施要領、経路、地形等の説明を行うとともに、特に安全管理事項として、基礎動作の確行及び喚呼操縦、安全確認の励行(一時停止の確行と必要により下車誘導)、速度、車両間隔等の厳守、車両の整備状況、各参加者の健康状態の把握その他駐とん地安全守則、大隊朕事項等の確実な励行、助教及び助手の指示、誘導等の事項の周知徹底を計り、更に、本件事故当日、訓練出発前に、参加者に対し追越しをする場合は、見通しの良好な場所で、対向車及び後続車の有無、車間距離、速度等を確認し、先行車との速度差が一〇キロメートル以上で、かつ、自車が法定速度以内で追越しができる場合以外は追越しをしてはならないこと、前日の降雨のため路肩に注意すること、車両間隔が離れても時速五〇キロメートル以上は出さないことその他の具体的注意を与えたものである。

同項2の事実中、岩田士長が、訓練担当助手として、後記の範囲において、被告の安全配慮義務を具体化すべき任務を有していたことは、認めるが、その余は、否認する。すなわち、陸上自衛隊においでは、常時車両を運転する職務に従事させる要員に対しては、運転免許取得後、所要の期間、自衛隊員として要請される特殊技能を含む車両操縦訓練を実施し、その技能を検定して、特技(一種の技能証明)を付与した後に操縦手として車両の運行に当たらせている。本件車両操縦訓練は、昭和四〇年五月に新たに大型第一種自動車免許を取得した隊員の技能を向上させ、特技を付与するためのものであるが、本件車両操縦訓練の被教育者は、右のとおり、運転免許を取得しており、路上操縦を単独で実施する資格と能力を有している者であるから、本来自らの責任において車両を安全に運行すべき義務を負つているのであり、安全運行につき他人の補助を要せず、また、他人もこれを補助すべき義務を負わないのが原則であつて、訓練車両の助手席に同乗して被教育者の指導に当たる訓練担当助手としては、通常の走行につき被教育者が注意義務を怠らないよう絶えず注意すべき義務を負うものではなく、明らかに危険の予測される場合又は特に高度な技術を要求される走行を行う場合に、被教育者の安全が害されることのないよう配慮し、適切な指導を行うべき義務を負うに止まるものであり、したがつて、岩田士長は、右の範囲においてのみ被告の安全配慮義務を具体的に実行すべき立場にあつたものであるところ、中村二士による本件追越しは、危険が予測される場合でも、特に高度な技術を要求される場合でもなかつたのであるから、本件は、岩田士長が右のような義務を負うべき場合には当たらない。原告は、本件における中村二士の追越運転には相当の危険の存することを容易に予測しえた旨主張するけれども、この主張は、以下に述べるとおり失当である。すなわち、中村二士は、昭和四〇年五月一九日大型第一種の運転免許を取得(運転免許取得に当たり、操縦訓練及び検定の際用いた車両は、陸上自衛隊に装備の二・五トントラツクである。)したが、輸送部隊の操縦手として必要な特技を習得するため、同年六月二四日から二・五トントラツクによる本件車両操縦訓練を受け、本件事故当日までに、多車線道路、交通ひん繁な道路等の操縦及び各種標識の確認を主要演練項目として小樽、岩見沢、苫小牧、千歳の各方面及び札幌市街地において約二七〇キロメートルに及ぶ訓練を受けたほか、坂路、屈曲路、狭小路、凹凸不整地、森林内等の操縦を主要演練項目として、真駒内駐とん地近傍の焼山演習場において約七〇キロメートルの操縦訓練を受けており、同人は、免許取得後日が浅いとはいうものの、かなりの運転経験を有していたものである。更に、本件事故現場の道路は、幅員七・二メートルの平坦な舗装道路で、両側には一・八メートルの路肩があり、事故現場から南方はゆるいカーブ、北方は直線となつており、いずれも見通しが良好であり、周囲には注意を妨げる人家その他の建造物又は自然の閉塞物は何ら存せず、加害車は、時速四五キロメートルないし五〇キロメートルの速度で現場に差しかかり、対向車が存したが、十分追越しを完了できる間隔があつた。更に、中村二士は、本件事故発生までに、その操縦訓練中五回の追越しを安全に実施しており、特技訓練を始めた頃は、ハンドルを急に切りすぎる癖があつたが、岩田士長は、その都度これを注意し、中村二士もその後右の癖を改め、ゆるくハンドルを切るようにしていたものである。したがつて、本件の追越しは、明らかに危険の予測される場合には当たらない。

同項3の事実は、否認する。被告が公務員に対して負う安全配慮義務とは、被告が公務に内在する人的、物的な危険を予め管理者の立場において予想しつつ、これらの危険から公務員の生命及び健康等を保護するよう配慮すべき義務であつて、管理者である被告と被管理者である公務員との間に認められるものと解すべきであり、したがつて、右義務は、現実には、公務を管理する立場にある公務員又は公務の安全を保持する職務に従事している公務員により具体化されるものであつて、被告が安全配慮義務に違反したというためには、右のような、公務員の安全に対する配慮を具体化するための任務に従事していた公務員がその義務を怠つた場合でなければならない。これに対し、具体的な公務遂行上の公務員相互間における安全性に関する注意義務は、不法行為規範に基づく義務にすぎないのであつて、安全配慮義務とは、その範疇を異にするものであるから、右のような注意義務をも安全配慮義務の一内容をなすことを前提とする原告の主張は、失当というべきである。更に、原告は、当該公務を遂行している他の公務員の生命身体に危険を及ぼすおそれの強い業務に従事している公務員も安全保持の職務に従事している者というべく、この意味で、中村二士は、公務の安全を保持する職務に従事していたから、被告の安全配慮義務を現実に履行すべき地位にあつた旨、主張するが、右のように業務に従事する公務員は、他の公務員の生命身体に危険を及ぼさないよう注意すべき義務を負つていることは当然であるが、右義務は、危険な業務に従事することにより不法行為法上当然に負う義務であつて、被告の公務員に対する安全配慮義務と異なることは、前記主張のとおりであり、安全配慮義務を具体化するための任務という意味における安全保持の義務とは、直接当該公務の安全管理に関わる業務に限られるものというべく、中村二士の業務がこれに当たらないことは明らかであるから、この点についても原告の主張は失当である。

三  同第三項1の事実中、亡片岡が、昭和二〇年一二月四日生まれの男子で、本件事故当時、任期制自衛官として(満期除隊予定日は、昭和四一年一二月二三日)、防衛庁職員給与法別表第二に定める二等陸士一号俸の俸給月額及びこれに対応する期末手当及び勤勉手当(以下「給与等」という)。の支給を受けていたものであること、及び原告が亡片岡の母であり、同人の相続人は原告以外に存しないことは、認めるが、その余は、争う。

同項2の事実及び主張は、争う。原告は、亡片岡本人と異なり、被告との間に契約関係がないから、債務不履行を理由として原告固有の慰籍料を請求できる余地はない。

同項3の事実は、認める。

同項4の事実は、争う。

四  同第四項の主張は、争う。なお、債務不履行による損害賠償請求権は、期限の定めのない債権として、成立し、催告によつてはじめて遅滞に陥るものであるから、付帯請求については、被告に対する催告があつた日の翌日、すなわち被告に対する本件訴状送達の日の翌日から遅延損害金を起算すべきである。

第四証拠関係〈省略〉

理由

(事故の発生等)

一  請求の原因第一項の事実は、本件当事者間に争いがない。

(責任原因)

二 被告は、信義則上、公務員である自衛隊員に対し、自衛隊員が被告又は上司の指示のもとに遂行する公務の管理に当たつて、その職種及び勤務内容等に応じ、自衛隊員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(安全配慮義務)を負つているものというべきところ、原告は、被告が右義務を怠つたため、本件事故が発生した旨主張するので、以下この点につき審究することとする。

前記争いのない事実に〈証拠省略〉並びに弁論の全趣旨を総合すれば、

(一)  陸上自衛隊においては、輸送科職種の要員として常時車両運転の職務に従事する者に対しては、公安委員会から運転免許を取得した後一定の期間、特技教育として車両操縦訓練等を実施し、その技能を検定して、特技(自衛隊内部における一種の技能証明)を付与した後にはじめて操縦手として単独で車両の運行に従事させているが、これは、輸送科職種の要員は人員等の輸送をその職務内容としていること、自衛隊で通常用いられる車両が、路外でも走行できる構造となつており、教育を受けないと操縦技術を習得することが困難であることなどの理由から、関係規則により規定されているものであること、

(二)  本件における車両操縦訓練は、昭和四〇年五月に大型第一種運転免許を取得した隊員に対する(一)の意味での特技教育として教官野村二曹、助教三等陸曹太田武(以下「太田三曹」という。)、助手岩田士長の三名の指導のもとに、亡片岡、中村二士ら八名が参加して、同年六月中旬から約四週間の予定で実施されたものであり、まず、自衛隊内部規則等の学科教育をし、次いで、同月二四日から大型トラツク(二・五トンカーゴトラツク)による路上運転訓練を行つたが、この訓練は、被教育者を三名ずつの二グループと二名の一グループに分け、教官、助教及び助手が一名ずつ各グループを担当し、被教育者の運転技術の指導に当たることとされ、教育の実をあげるため、各グループの構成及び教育担当者を訓練期間中固定し、亡片岡、中村二士及び二等陸士坂口良平(以下「坂口二士」という。)が一グループを構成して岩田士長がこのグループの運転指導を担当していたものであり、しかして、本件事故当日までに多車線道路、交通ひん繁な道路等の操縦及び各種標識の確認を主要演練項目として、小樽、岩見沢、苫小牧、千歳各方面へ往復各一〇〇キロメートル程度の路上運転訓練、札幌市街地においての運転訓練、不整地等の操縦を主要演練項目として、焼山演習場においての訓練が実施されたこと、

(三)  本件事故当日の訓練は、各種道路地形下における総合的な操縦訓練により操縦技能の向上を計ると共に夜間操縦を体験させる目的で行われたものであり、前記三グループに分かれて三台の車両に分乗し、それぞれ教育担当者がその助手席に同乗して午前九時四〇分前後に出発し、約五〇キロメートル走行するごとに被教育者が運転を交代し、中山峠、昭和新山、室蘭、苫小牧を経由して千歳方面に向かつたが、この間、加害車は、出発後中山峠まで坂口二士が、同所から昭和新山まで中村二士が、同所から室蘭付近まで亡片岡が、同所から苫小牧付近まで再び坂口二士が運転し、同所から再度中村二士に運転を交代して本件事故現場に至つたものであり、この間、岩田士長は、終始助手席に同乗して運転者に対し、運転上の指示、指導を行つており、運転しない被教育者二名は、後部座席に同乗していたこと、

(四)  本件道路は、本件事故現場付近においては、南北に通じ、南方から北方に進行した場合、直線からゆるい右カーブを経て再び直線になつている幅員七・二メートル、センターラインにより片側一車線に区切られた平坦なアスフアルト舗装道路で、大型トラツクの最高速度は時速六〇キロメートルに規制されており、道路両側には各一・八メートルの路肩があり、路外は両側とも道路面から二・五メートル位低くなつている沼地で、周囲に見通しを妨げる物は存しないが、本件事故当時は小雨が降つていて、本件事故現場付近における見通しは約五〇〇メートルであり、また、路面は濡れていて滑りやすい状態にあつたこと、

(五)  中村二士は、加害車を運転し、苫小牧方面(南方)から千歳方面(北方)に向けて、時速約四〇キロメートルの速度で野村二曹の乗車する先頭車の一〇〇メートルないし一五〇メートル後方を追従進行中、本件事故現場の二キロ位手前で同車が民間の乗用車(以下「民間車」という。)を追い越し、加害車も漸次民間車に接近したため、野村車に追従しようとして、追越しのための前後の確認喚呼を行つたうえ、民間車の約一〇メートル後方から時速約四五キロメートルないし五〇キロメートルに加速しつつ対向車線に進入して民間車の追越しを図り、約一〇〇メートルの間これと並進した後民間車の先に進出したとき、同車線を大型トラツクが対向接近してきたため、早急に自車線に戻ろうとしてあわてて左に急ハンドルを切つたところ、加害車の後車輪がスリツプして同車後部が進行方向右側に振れ、車首が同左側に向いてそのまま路外(西方)に向けて進行し、前記カーブ終了地点から約三〇メートル北進した地点で路外に転落するに至つたこと、

(六)  岩田士長は、中村二士が追越しのための確認喚呼を行つたとき、同人が民間車の追越しを企てていることを知り、同時に前方約三〇〇メートルの対向車線上に前記大型トラツクが対向進行してくるのを発見したが、前記道路状況から安全に追い越せるものと判断し、同人に対し何らの注意を与えないまま同人に追越しを敢行させ、同人が左に急ハンドルを切り、加害車をスリツプさせるまでの間前記の追越方法等につき何らの助言も指示もしていないこと、

(七)  中村二士は、陸上自衛隊入隊後、新隊員前期教育を経て、昭和四〇年三月三〇日輸送科職種要員として第一〇二輸送大隊に配属となり、後期教育として、装輪車の操縦教育を受け、同年五月一九日大型第一種運転免許を取得し(なお、これ以前、同人は、何ら運転免許を有していなかつた。)、後期教育修了後、同年六月中旬頃から同大隊三〇四輸送中隊所属となり、特技教育を受けるようになつたが、その頃カーブ等でハンドルを大きく切りすぎ、また、追越しを終えて進路を左に戻すに際し、ハンドルを急に切るというハンドル操作上の欠点があつたため、路上訓練の際、その都度、岩田士長から、この点を注意されていたものであり、本件事故当日までに約一、〇〇〇キロメートル(内加害車で約八〇〇キロメートル)の運転経験を有するに止まり、運転未熟で、降雨時におけるアスファルト舗装道路上での追越しは、本件事故当日が始めてで、本件事故現場に至るまで五回位経験したのみにすぎず、一方、岩田士長は、中村二士に対し、後期教育のとき以来一貫してその運転指導に当たつてきたもので、同人の前記ハンドル操作上の欠点を熟知していたこと、

以上の事実を認めることができ、〈証拠省略〉中右認定に反する部分は、前段認定に供した各証拠に照らし、たやすく措信できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

しかして、叙上認定の特技教育、特に、車両操縦訓練の趣旨、目的、現実の訓練方法、内容、被教育者の運転経験等に徴すれば、野村二曹、太田三曹及び岩田士長は、被告の履行補助者として、自衛隊の業務である本件車両操縦訓練を実施するに当たり、被教育者の予測しうる運転技術上の欠陥による事故の発生がないよう事前に十分な教育指導をなすのみならず、路上操縦訓練中においても運転指導に当たる右教官等において、右の点につき、状況に応じ随時適切な指示又は指導をなすことにより、被教育者の運転技術上の欠陥を矯正し、運転技術の向上を計ることはもとより、同時に運転している被教育者はもとより、同乗している被教育者が安全に訓練に参加できるよう配慮すべき義務があるものというべきである。これを本件についてみるに、加害車については、岩田士長が右義務を具体的に履行すべき地位にあつたことは、前記説示のとおりであるところ、前示認定に係る本件追越しの状況、殊に追越開始時における対向車の存在、その距離、民間車との並進距離から推認しうる追越中における加害車と民間車の速度関係、同車との並進距離等に、中村二士が上叙のようなハンドル操作上の欠点を有していたこと(なお、被告は、中村二士は、本件事故発生日の頃には、右の欠点を改め、ゆるくハンドルを切るようにしていた旨主張するけれども、同人が右ハンドル操作上の欠点について岩田士長から数度にわたり注意を受けていたことにかんがみれば、その欠点はかなり根強いものであつたものと推認することができるのみならず、同人が運転、殊に追越しの経験に浅いこと、特技教育開始後本件事故当日までの訓練は、短期間を経過したにすぎないこと等前記認定した事実に照らせば、〈証拠省略〉の記載から、本件事故当時、中村二士のハンドル操作上の右欠点が安全に改善され、同人にハンドル操作上の危険性がもはや存しなかつたものとは速断しえないものというべきであつて、被告の主張は、到底採用できない。)を総合勘案すると、本件事故当時のような天候、路面状態下において、追越しの経験に乏しい中村二士が、民間車の追越しを終えて、対向車を避けるため自車線に戻るに際し、本件のようにハンドルを急に切るという挙動に出るおそれは十分にあつたものと認めるのが相当であり、岩田士長は右の事態を容易に予測しえたものというべく、したがつて、このような場合、岩田士長としては、中村二士が民間車の追越しを開始するに際し、自車線に戻るときハンドルを急に切らないよう同人に注意を与えるとともに、対向車線に進入した際、対向車との距離、中村二士の前記ハンドル操作上の欠点、路面状態等を考慮し、かつ、民間車との速度関係を考えて、前記制限速度内で加速して速やかに同車を追い越すか、又は追越しを一時断念し、自車線に復帰する等安全を保持するための適切な指示をすべき義務(なお、叙上のような適切な指示、指導をすることは、まきに本件車両操縦訓練の趣旨、目的から教官等の職務というべきである。)があるにかかわらず、これを怠り(中村二士が本件事故当時既に大型第一種自動車免許を取得していたから、本件の場合岩田士長には叙上の義務がないとの被告の主張は、前示本件車両操縦訓練の趣旨に照らし、到底採用するに由ないものといわざるをえない。)、右のいずれの措置をもとることなく放任していた結果、中村二士が運転に際し潜在的に有していたハンドル操作上の欠点による危険性を顕現させたものと断ぜざるをえない。

してみれば、本件事故は、被告が、亡片岡に対する安全配慮義務を怠つた結果発生したものということができるから、被告は、亡片岡の死亡による損害を賠償すべき責任がある。

(損害)

三 よつて、以下亡片岡が本件事故により被つた損害につき判断する。

1  逸失利益

亡片岡が昭和二〇年一二月四日生まれの男子で、本件事故当時任期制自衛官として(満期除隊予定日は、昭和四一年一二月二三日)、昭和四〇年法律第一四九号による改正前の防衛庁職員給与法別表第二自衛官俸給表中、二等陸士一号俸の給与等の支給を受けていたことは当事者間に争いがなく、特段の事情の認められない本件においては、経験則に照らせば、同人は、本件事故に遭わない場合、前記満期除隊予定日まで自衛隊に在職し、その後も満六七歳に達した昭和八八年六月までの四八年間稼動して、この間、後記のとおりその労働に対する収入を得ることができたものと推認するのが相当である。

しかして、〈証拠省略〉並びに弁論の全趣旨を総合すれば、亡片岡は、自衛隊在職中別紙第二(一)記載のとおりの給与等(なお、亡片岡は、特段の事情の認められない本件においては、遅くとも昭和四一年四月一日、一等陸士に昇進し、これに対応する給与等の支給を受けることができたものと推認することができる。)を得ることができたものと認めることができ、次に、〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨を総合すれば、亡片岡は、自衛隊退職後の昭和四二年一月一日から昭和五〇月年一二月末日までの間、各年に別紙第二(二)記載のとおりの年収(各年の賃金センサス第一巻第一表(昭和四七年及び昭和四八年は第一巻第二表)産業計・企業規模計・学歴計男子労働者の全年齢平均賃金)を得ることができたものと推認することができ、更に、昭和五一年の所得金額が前年に比して増加したことは当裁判所に顕著な事実であるから、口頭弁論終結前の右事情を逸失利益算定に当たり斟酌すべく、当裁判所に顕著な昭和五一年賃金センサス第一巻第一表産業計・金業規模計・学歴計男子労働者の全年齢平均賃金年額が金二五五万六、一〇〇円であることにかんがみれば、亡片岡は、昭和五一年には右年額を下らない年収を、昭和五二年から昭和八八年までは、昭和五一年の年収額を下らない年収を得ることができたものと推認するのが相当であるから、同人は、本件事故により以上の得べかりし収入を喪失したものであり、その間の生活費は右収入の五割を越えないものと推認しうるから、以上を基礎とし、ライプニツツ方式により年五分の割合による中間利益を控除して本件事故時における亡片岡の逸失利益を算定すると、金一、七一五万七、一七六円となる。

2  慰籍料

前記認定の本件事故の態様、亡片岡の年齢、家族構成その他本件に顕れた一切の事情を御酌すると、同人が本件事故で一命を失つたことにより受けた精神的苦痛に対する慰籍料は、金三〇〇万円とみるを相当とする。

なお、原告は、主位的に原告固有の慰籍料を請求し、被告は亡片岡を自衛官に任命した際、同人に対し、同人の母親である原告が同人の生命身体の安全について有する物質的・精神的利益を保護することを約した(第三者のためにする契約)旨又は雇用契約の目的及び信義則上かかる保護義務を負つたものである旨主張するが、たとえ、雇用契約を締結するに当たつて、一般的に、被用者及びその家族が原告主張のような使用者の配慮を期待したとしても、それは事実上のものに止まるのであつて、使用者において、被用者に対する安全配慮に欠けるところがあり、そのため被用者が死亡するなどした場合、使用者が被用者の家族に対し直接損害賠償義務を負うとする契約が締結されているとか、雇用契約の目的又は信義則上このような義務を負うべきものとは、到底解しえないところであつて(なお、本件全証拠によつても、亡片岡の自衛官任命の際、被告がかかる債務を負つたものと解すべき特段の事情は、認められない。)、原告の右主位的請求は理由がないものというほかはない。

3  原告の相続

原告が亡片岡の母であつて、亡片岡の相続人は原告以外に存しないことは当事者間に争いがないから、原告は、亡片岡が被告に対して有する右1及び2の合計金二、〇一五万七、一七六円の損害賠償請求権を相続したことになる。

4  損害のてん補

原告が、本件事故に関し、被告から公務災害補償費当として、金六三万二、八二〇円の支払を受けたことは、当事者間に争いがないから、これを前記3の損害金から差し引くと、原告が被告に請求しうる損害額は、金一、九五二万四三五六円となる。

5  弁護士費用

安全配慮義務違反の被害者又は同人からその損害賠償請求権を相続した者が、自己の権利擁護のため訴を提起することを余儀なくされ、訴訟追行を弁護士に委任した場合には、その弁護士費用は、事案の難易、請求額、認容された領その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる領の範囲内のものに限り、右安全配慮義務の不履行と相当因果関係に立つ損害と解するのが相当であるところ、弁論の全趣旨によれば、原告は、被告が前記4の金員のほか賠償金の任意支払に応じないため、やむなく弁護士である原告訴訟代理人に本訴の提起、追行を委任したことが認められ、本件事案の性質、内容、本訴請求額及び前記認容額その他本訴に顕れた諸般の事情を考慮すると、本件安全配慮義務の不履行と相当因果関係ある損害として原告が被告に請求しうる弁護士費用は、金一九〇万円をもつて相当と認めるべきである。

(むすび)

四 以上の次第であるから、原告の本訴請求は、被告に対し金二、一四二万四、三五六円及び右金員から弁護士費用を除いた金一、九五二万四、三五六円に対する本件訴状が被告に送達された日の翌日であることが記録上明らかな昭和五〇年六月四日(原告は、本件事故発生の日から遅延損害金の支払を求めるが、本件債務はいわゆる期限の定めのない債務と解すべきであるから、債務者である被告は、民法第四一二条第三項の規定に定める一般原則に従い、履行の請求を受けた日の翌日から遅滞の責に任ずべきものというべきである。)から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条及び第九二条の規定を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項の規定を適用し、仮執行免脱の宣言は相当でないから付さないものとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 武居二郎 島内乗統 信濃孝一)

別紙第一、第二〈省略〉

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